断絶の系統

Non Plus Ultra

欲求代替システム

 前回の記事では、少子化システムの強化は社会に不満を与え実現は難しいだろうという話をしました。今回は人々に不満を与えない、むしろ欲求に応える形で結果的に「出生率ゼロになってしまう」システムについて考えます。

 

 子供が生まれるのに関係する欲求として、パートナー(家族)欲求、性的欲求、子供が欲しいという欲求が挙げられます。出生率ゼロのためには、これらを代替する欲求を提示する、もしくはこれらの欲求を満たしつつも子供という「結果」を回避することが必要になります。

 

 

 まず代替欲求の提示ですが、これは人によって何が先述の3欲求より優先されうるかは異なります。この場合、「自由」や「個性」を推進し、多様な娯楽・仕事がある環境づくりをすることで、個人が代替欲求を発見しやすくできます。これは既に現在進んでいることでもあります(もちろん反出生主義とは関係なく、です)。

 

 そして、これをさらに推し進めるものが「反応する虚構」です。古来人間は虚構を楽しんできました。物語、絵、詩、音楽、映像作品などです。しかしこれらは一方通行で、基本的に「受け取る」ものでした。しかし現代ではこれらにごっこ遊びやボードゲーム、スポーツなどの要素を加えた「反応する虚構」、すなわちこちらが虚構内の世界に干渉できるものが作られています。パソコンやテレビゲーム機スマートフォンを用いたコンピューターゲームはその代表的なものですが、インターネット内でのSNSなどのやりとり・人間関係も近いものがあるでしょう。それらの虚構と現実との距離は様々ですが、どれも現実では体験できない経験をさせてくれます。

 

 しかし現在はそれらの虚構のほとんどが画面の中だけです。眺めるだけだった「虚構の窓」の扉は開きましたが、私たちはまだ現実という家の中に体を残しています。窓から外に出ることは可能でしょうか?

 

 それは今後のバーチャル・リアリティ(VR)の発展次第です。発達したVRでは現実ではできなかった様々なことを現実のように行うことができます。例えば、自分の容姿や身体能力を好きなように調整できます。また、時間や場所の制約も緩和されるでしょう。今は画面の中だけで行っていることにもっと没入し、虚構の中でよりよい人生を送ることができるようになれば、現実はあまり顧みられなくなるかもしれません。

 

 

 一方、欲求を満たしつつ結果としての子供の誕生を回避する方法です。

 

 性的欲求は既にパートナーとの性行為以外の様々な形で満たすことができるようになっています。また避妊方法の発達により、パートナーと妊娠のリスクを避けつつ性行為を行うことができるようになりました(これは少子化にも少なからず寄与しているでしょう)。一方、パートナーや子供を欲しがる欲求ですが、これは他者が必要なので代替するのは難しいと言えます。ロボット技術の進歩がパートナーアンドロイド、子供アンドロイドを生み出すかもしれませんが、それらが欲求を十分に満たせるかはわかりません。子供を望む人に親のいない・親が育てられない子供を養子にしてもらうのは現在でも行われていることですが、多くの人の欲しがる子供というのは「自分の遺伝子を受け継いだ」子供ですので、先述の子供アンドロイド同様一般的になるとは思えません。

 

 先ほど述べたVR技術はこれらに関しても解決策を与えてくれるかもしれません。VRで、あるいはVRと何らかの器具や装置を組み合わせて性的欲求を満たす時代は既に始まっているようです。近年はパートナーを見つけられない人が増えており、需要はあると思われます。そのような技術の発展が進み、現実の人間の多くよりも魅力的になったならば、VRはむしろ積極的に選ばれるようになるでしょう。そうなれば、VRで性行為をしても子供が生まれることはないので、一層少子化が進みます。

 

 パートナーや子供はVRで「実現」できるでしょうか?私にはどのような技術的な問題があるのかはわかりませんが、それらが現実のパートナーや子供に伴うデメリットを解消した形で実現した場合、性的欲求の場合と同様にVRが積極的に選ばれるようになることはありえる話です。現実で理想のパートナーを探すのは困難ですし、理想のパートナーになりそうな人には自分よりもよい相手がいるものです。魅力があまりない人にとっては「あまりもの」同士で組まされるよりVR内のパートナーのほうがよいでしょうし、VRの魅力が増すほどその範囲は広がるでしょう。

 

VRで子供は生まれない」と先ほど書きましたが、それは現実の子供の話であり、VR内で子供を育てることができるようになるかもしれません。VR内の子供のAIに自分の遺伝情報を反映させることで、「自分の子供」が再現できるでしょう(これは子供アンドロイドでもある程度可能かもしれませんが、コストや自由度の点でVRが勝るようにに思います)。理想の子供を作ることもできますし、子育ての苦労があってもよいでしょう。重要なのは、こうしたVR内の子供はあくまで架空のものだということです。苦しみを感じる内面がないので、反出生主義と反しません。

 

 

 ここまでVRが全てを解決するみたいな話になってしまいましたが、もちろん技術的な問題(VR世界の製作、現実とVRの接続、生命維持システムなど)は多く、すぐに実現できるわけではないでしょう。しかし、現実の肉体の縛りから離れることが可能にすることは多く、実現すればVRへの「移住」を望む人は多いと思われます。

 

 人々の欲求を満たしつつ出生率ゼロを目指すならば、現実よりよい「別の世界」を与えて現実から離れてもらうのが一番です。VR技術の発展は肉体から離れた「別の世界」の開拓であり、今後も注目していきたいと思います。

 

 次回もVRを含めた「別の世界」の話の予定です。